みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて35年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪ noteも書いています(https://note.com/child_books/)

2022年09月

降矢ななさんオンライン講座のお手伝い

9月15日(木) 19:00〜


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教文館ナルニア国主催のオンライン講座が開催されました。
今回、私はZOOMのオンラインサポート係としてお手伝いをさせていただきました。

今、アーカイブ配信用の動画で再度、当日の講座を見ながらこのブログ記事を作成しています。

(アーカイブ動画は申し込まれた人のみが見られる有料動画で視聴期間は9月28日(水)までです。申し込まれた方はお忘れなく!)


私はZOOM開室から始まるまでの間の案内動画を画面共有すること、松岡先生と養女の恵実さんとの会話音声ファイルの共有をすること、そして講師の降矢ななさんが画面共有される際になにかあった時のバックアップ用にいつでも画面共有ができるよう待機するお役目でした。

当日参加されたり、アーカイブ動画を見た方は、降矢さんが「神保さ〜〜ん。動画お願いします。」と、声をかけてくださっていて、裏でどんなことをしているかおわかりになったと思います♪


今回のオンライン講座は、以下のような経緯があって開催されました。

7月12日(火)に、一時帰国中の降矢ななさんを講師に教文館ナルニア国でトークイベントが行われました。感染対策で定員が絞られていたため、参加が叶わなかった方々向けに当日の様子を録画してオンライン配信することになっていました。(その時の報告記事→こちら

しかし当日の録画配信は機材の都合で出来なくなってしまい、そこでスロヴァキアに戻られた降矢ななさんとオンラインでつないでのオンライントークイベントを開催することになったのでした。


今回の講座「“一粒のえんどうまめから。そして隣国の戦争のこと”」は、福音館書店の編集者宇田純一さんがスロヴァキアにいるななさん聞き手になって、進められました。

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今年1月25日に亡くなられた松岡享子さんの遺作となった『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』(福音館書店 2022/4/10)を作ることになった経緯と、そしてコロナ禍で会えない中での本作りについて詳しくお話をしてくださいました。




この絵本作りのきっかけとなるのは、2020年2月9日(日)に行われた教文館ナルニア国での降矢ななさんと松岡享子さんとの対談です。この日、私も参加していました。(ブログ記事→こちら


この講演会のあとに、松岡先生と降矢さんがティータイムをご一緒された時に、松岡先生から恵実さんのことを聞いて、そこから降矢さんと恵実さんとのご縁が出来たとのこと。そのあたりは、7月12日のブログ記事にも書いています。


その後、COVID19のパンデミックになり、ななさんはギリギリのタイミングでスロヴァキアへ戻られ今年の夏までは日本へ渡航出来なかったので、その時が松岡先生にリアルで会った最後だったとのこと。


松岡先生はそれからは感染症対策もあって蓼科にある山の家で恵実さんと一緒に過ごされていて、時々ななさんはメールで恵実さんとやりとりをされていたのです。


2020年春に教文館ウェンライトホールで行われていた降矢ななさんの原画展は4月の緊急事態宣言発出で中止になったのですが、翌2021年春に再度原画展が開かれました。


2021年の原画展では、その年の3月に出版された『ヴォドニークの水の館』(まきのあつこ/文 降矢なな/絵 BL出版 2021/3/10)の原画も追加されていました。


そこでそれに関連して5月1日にオンライントークイベント”教文館ナルニア国降矢なな展記念 降矢ななさん×鈴木加奈子さん(編集者)オンライン対談“ことばが、絵になり、動きだす――チェコの昔話『ヴォドニークの水の館』を中心に、絵本のこと色々。”が開催されました。

この時も私はオンラインサポートをしていました。(→こちら)打ち合わせのときに、松岡先生も山の家からZOOMに入ってくださるかもと聞いていたのです。

でも、その直前に松岡先生は転倒して腰椎の圧迫骨折をされていて、参加できなくなってしまったのでした。(骨折のことは東京子ども図書館季刊誌「こどもとしょかん2021夏170号」に掲載の松岡先生のエッセイ「ランプシェード」にも掲載され、それを読んでとても驚いたことを思い出します)


骨折で入院したあとに脳腫瘍がみつかり、松岡先生は積極的治療はしないと決意されました。(これに関しては「こどもとしょかん2021秋171号」の別刷「ランプシェード休載にあたり」でお知らせがありました。→こちら


その病気がわかってから、恵実さんを通して降矢さんに「休んでいる間に思いついたことがあるのよ。こういうのを転んでもタダで起きないってことかしら?」と言って伝えて来られたのが、『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』の原案だったのです。


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今回のオンライン講座では、その絵本の案について恵実さんに楽しそうに話す松岡先生の音声がシェアされました。その間、降矢さんが松岡先生から送られた「あたまをつかった小さなおばあさん」人形を画面に出してくださっていました。


そのおばあさんの人形が、まるで松岡先生のようで、数分の音声データでしたが、そこで松岡先生がおしゃべりしてくださっているように感じました。(ZOOMで音声のみを共有するというお役目でした。きちんと皆さんに聞こえているか、ドキドキでしたが、きちんとお役目を果たすことが出来ました)


また、この日のサプライズゲストとして松岡恵実さんが登場、松岡先生と降矢ななさんとのメールのやりとりの様子を語ってくださいました。

朝、起きて松岡先生の様子を見に行くと「来てる?来てる?」と、恵実さんに降矢さんからのメールの返信が来ているかどうか尋ねるのが習慣になり、降矢さんが次々に原画のイメージを送ると、「降矢さんって魔法使いみたいね」と喜ばれたとか。
恵実さんは、降矢ななさんとのやりとりや、それを編集する宇田さんとのやりとりを通して、ひとりで松岡先生を看護する日々を舟に例えると、両脇を並走してくれる船団のように感じたそうです。

一方で降矢さんにとっては、松岡先生の病気のことを知って時間はあまりないとわかっていたので、他の仕事を後回しにして、この絵本の絵を描くことに集中していらしたそうで、それはまるで急流に巻き込まれたボートのような日々だったそうです。


これは7月の講座でも仰っていたのですが、表紙の絵を最後の最後で差し替えることになった話や、ベッドルームのシーンで猫や犬を書き加えた話など、それぞれの絵を対比できるよう画面共有しながら、お話をしてくださいました。


ZOOMの画面には、降矢ななさんと宇田さんが左右に並び、その下に恵実さんの窓というように3人の方が並んでいました。

あとから、恵実さんから3人でまるでリアルでおしゃべりしているような気がしたと、お聞きしました。

まさに、和やかな雰囲気で、『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』が生まれていく過程をお話してくださったのでした。そしてその真ん中に、松岡先生もいてくださったのではと感じました。


後半は、ウクライナのことを絡めて、教文館ナルニア国で集まった義援金をどのようにスロヴァキアで使っているかを、画像を使って具体的に報告してくださいました。


ウクライナから避難してきている子どもたちのスロヴァキア語教室のために、またクラブ活動などのために使われるそうです。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は半年を越え、季節は秋から冬へと移行していきます。

長期化によりスロヴァキアからウクライナへ戻っていった家族もいたり、他の国へ移動した家族もいるそうですが、スロヴァキアに残ってそこで学び続けようとしている子どもたちも人数は少なくなったけれどいるので、引き続き支援していきたいと仰っていました。

なにより長期化で関心が薄れて、支援が届かなくなることが問題なので、関心を持ち続けてほしいということでした。


最後にもう一度、降矢ななさんと宇田さん、恵実さんが登場して、質疑応答タイム。その時には恵実さんも松岡先生手作りのおばあさん人形を画面に出してくださいました。これらのお人形、ティーコゼーになっているんですよね。

毎朝、紅茶を淹れて、このお人形を松岡先生だと思って語りかけていると話される恵実さん。まだ大事な松岡先生を看取られてから9カ月。まだまだ寂しさも大きいと思います。
これもあとからお聞きしたのですが、これから少しずつ松岡先生が遺されたものを整理して、いつかきちんと発表が出来ればいいけれど・・・とのこと。

そのことを、松岡先生が温かく天国から見守ってくださっているんだなと確信出来ました。


ZOOMを使った講演会のオンラインサポートをさせていただくことで、より深くお話に耳を傾けることが出来て感謝でした
そんなお手伝いの機会を与えてくださった教文館ナルニア国のみなさまにもお礼申し上げます。

てんじつきさわるえほん編集者のお話 寺久保未園さん(福音館書店)×西尾薫さん(童心社)

2022年9月12日(月) 18:00〜 @銀座・教文館ナルニア国

302539321_5476439942438231_4077600127395259058_n教文館ナルニア国で年9月2日〜27日で実施中の「さわって楽しむ絵本展」の関連講演会、「てんじつきさわるえほん編集者のお話」に参加してきました。(「児童図書館員・はじめの一歩」イベント情報→こちら








講師は、寺久保未園さん(福音館書店)と西尾薫さん(童心社)でした。

301897223_5476440312438194_5279119459894752125_n「さわって楽しむ絵本展」は、見える人と見えない人が一緒に楽しめる絵本作りを目指して、〈てんやく絵本ふれあい文庫〉の岩田美津子さんを中心に各出版社の編集者や印刷会社、作家などが集まった”点字つき絵本の出版と普及を考える会”発足から今年で20年とのこと。
会の歩みの豊かな実りである”てんじつきさわるえほん”が一堂に会する展示会です。多くの人に知ってほしいとのことで、会場は撮影可でした。

304172780_5476439975771561_2021487482189085556_n会場には、NPO法人「てんやく絵本ふれあい文庫」代表の岩田美津子さんが、てんやく絵本を創ることになった経緯がマンガになってパネル展示されていました。




てんやく絵本ふれあい文庫のサイト→こちら

305030667_5476440342438191_1483798945941277748_n生まれつき目の見えない岩田さんが、息子さんに「絵本を読んで」と頼まれたことをきっかけで、なんとか我が子に絵本を読んであげたいと願い、市販の透明の塩ビシートに点字で文字を打ったり、絵も同じシートで形を切り抜いて、市販の絵本の上に貼り付けたのです。このてんやく絵本作りには多くのボランティアが関わってくださったそうです。


絵本を我が子に読んであげられる、その喜びを感じた岩田さんは、同じように目が見えない子どもや保護者にも活用してほしいと願って、1984年に「てんやく絵本」を貸し出す「ふれあい文庫」を始めるのです。

全国の必要としている人たちに郵送で届けていたのですが、活動を始めた当初は、点字本は盲人用郵便物として郵送料がかからないのに、点字絵本は目の見える人も楽しめるので盲人用ではないとされて郵送料がかかっていたそうです。

岩田さんは郵政省に陳情しますが、却下されてばかりいたところ、朝日新聞「天声人語」に取り上げられ、多くの人の関心を呼んで、郵政省が盲人用郵便物として扱ってくれるようになったことなど、ふれあい文庫を設立してからのご苦労などがそのマンガには描かれていました。


302587217_5476440099104882_5936944224696235273_n今回の講演では、岩田さんやボランティアが手作りでてんやく絵本を制作するだけでは、ほんとうに必要な人に広く届かない、誰もが読みたいと思った時に絵本に出合うには十分な環境ではないと「点字付きさわる絵本」の出版を出版社に呼びかけ、2002年に「点字つき絵本の出版と普及を考える会」が発足した経緯などを、聴くことができました。

点字つき絵本の出版と普及を考える会のサイト→こちら
(こちらの会のサイトからは、現在発行されている点字つき絵本のリストをダウンロードすることができます)


講演会は、まず童心社の西尾さんが、「さわる絵本」についての定義を話してくださり、その「さわる絵本」の歴史・変遷の概要と、「点字つき絵本の出版と普及を考える会」が発足した経緯と、点字つき絵本の出版に向けての各社の工夫などについて話してくださいました。

つぎに福音館書店の寺久保さんが、点字つき絵本として『ぐりとぐら』を出版されるまでの、さまざまな工夫とご苦労と、次に『ぞうくんのさんぽ』を出版された経緯を話してくださいました。

ふたたび、西尾さんに戻って童心社を代表するロングセラー松谷みよ子さんの『いないいないばあ』を点字つきで出版するための工夫やなどについて話してくださいました。



2019年6月に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(通称:読書バリアフリー法)」(文部科学省サイト→こちら)が成立しましたが、まだまだ視覚に障害のある子どもたちへの点字つき書籍は少ないと感じていたのですが、今回お話を伺ってすでにある絵本の中に点字や樹脂による隆起で絵を表現することの難しさや、点字を潰さない印刷や製本の難しさと、それにかかるコストの面から、どうしても数が限られてしまうことがわかりました。

***さわる絵本の定義と歴史・変遷について***

《さわる絵本》の定義は『絵本の事典』(朝倉書店 2011)より引用されていました。
手元にこの事典がないので、正確な文言ではないのですが(今度図書館で確認してきます)メモには以下のような言葉を書き記してました。
「触素材、点図、立体コピーを用いた絵本
布絵本や点字つく絵本なども含まれる
さまざまな種類がある
手作りのものが多い」

《1970年代〜80年代》
・ボランティアグループの力
・手作りの「さわる絵本」「布絵本」「てんやく絵本」が作られてきた
「さわる絵本」
視覚障害児が触覚で鑑賞できるように,絵本を原本にして,布や皮革,毛糸などの素材を用いて,台紙に絵の部分を半立体的に貼り付け,文の部分を点字と墨字にした図書.手で見る絵本,指で読む本と呼ぶこともある.東京都品川区のボランティアグループ「むつき会」(→こちら)が1974(昭和49)年に製作を始め,各地に広まった.1冊ずつがボランティアの手作りで,鳥の絵に羽を貼り付けたり,目の部分にビーズを付けたり,果物の場合に香料を染み込ませた粒子を付けたりして(におう絵本),実物が想像できるよう工夫が凝らされている.絵の部分を凸状にしたり切り抜いたりした海外の絵本も翻訳出版されている.
「布絵本」
厚地の台布に,絵の部分をアップリケし,マジックテープやスナップ,ボタン,ファスナー,紐で留めたり,外したり,結んだりできるようにし,文の部分を手書きした,絵本と遊具の性質を兼ね備えた手作り図書.長期入院児や在宅障害児を対象とした子ども図書館「ふきのとう文庫」(→こちら(北海道札幌市)が,1975(昭和50)年,全盲で肢体不自由,知的障害もある2歳児の母親の要求に応じて研究し,米国の主婦が作った布の絵本“BUSY BOOK”(天竺木綿の台布に,フェルトで三角形のテントがアップリケされ,ファスナーで開閉できるなどの工夫がされた手作りの図書)をもとに開発した.エプロンやカレンダー,パネル,タペストリーにしたものもある.健常児を含めて遊具,機能回復訓練教材などに利用されている.
「てんやく絵本」
市販の絵本をそのまま用いるもので、透明の塩ビシートに文章を点訳し活字部分に貼り付け、絵の部分も同じシートで形を切り抜き、絵の上に貼ったり説明文を書き添えるなどして、見える人と見えない人が一緒に楽しめるようにしたもの。もともと子育て中の視覚障害者のために作られたものだが、現在では視覚障害児がいる家庭や、地域の読書活動に参加している視覚障害者の利用も増え、視覚障害児が在籍する幼稚園や小学校、点字図書館や盲学校、公共図書館にも備えられるようになってきた。
 

詳しい定義などは、「ようこそ バリアフリー絵本の世界へ」というJBBYで「バリアフリー絵本展」を中心になってされている攪上久子さんのサイトを参考にしてみてください。

ようこそ バリアフリー絵本の世界へのサイト「ごあいさつ」→こちら

《1970年〜80年代前半》
・翻訳出版の試み
『これ、なあに?』『ちびまるのぼうけん』『ザラザラくん、どうしたの?』(偕成社刊)の出版
デンマークの本の翻訳出版だった。リング綴じ絵本で、製作にはコストがかかった
点字部分の特殊印刷(デンマークの印刷所)→輸入していたがデンマークの印刷所閉鎖により出版できなくなった

偕成社「点字つきさわる絵本について」ページ→こちら

・1983年 テルミ創刊
手で見る点字絵本「テルミ」創刊
隔月刊 
*5月4日に参加した上野の森親子ブックフェスタ講演会「スギヤマカナヨさんと考える、読書のかたち」で、「テルミ」についてお話を伺いました。(その時のブログ記事→こちら )

「テルミ」のサイト→こちら


《1980年代〜90年代》
・岩田美津子さんによる「てんやく絵本ふれあい文庫」の取り組み(→こちら
1996年 岩田美津子さんの働きかけで『チョキチョキチョキン』(こぐま社)刊


《2000年以降》
2002年 「点字つき絵本の出版と普及を考える会」発足
作家、出版社、印刷会社など10社から個人的に集まっている会
コストがかかる中で各社が工夫しながら、少しずつ製作、発行している




****福音館書店・寺久保さんのお話****

「点字つき絵本の出版と普及を考える会」発足から10年ほど経った2013年2月に、点字つきさわる絵本の3社同時発売にこぎつける。
『こぐまちゃんとどうぶつえん』(こぐま社)
点字こぐまちゃん










『さわるめいろ』(小学館)
点字めいろ









『ノンタンじどうしゃぶっぶー』偕成社)
点字ノンタン










これらの絵本は、蛇腹製本で作られている・・・偕成社のページで詳細書かれています→こちら

点字ぐりとぐら福音館書店でも2013年11月にロングセラー『ぐりとぐら』(中川李枝子/文 大村百合子/絵)の出版50周年に合わせて点字つき絵本にして出版されました。

『てんじつきさわるえほん ぐりとぐら』中川李枝子/文 大村百合子/絵 福音館書店 2013/11




見開き2ページで表現しているため、リング綴じは向かないし、物語絵本のため蛇腹製本も向かない。物語絵本の場合、この絵本を手作業で点訳するには1冊に3カ月もかかってしまうため、岩田さんからも晴眼者の子どもたちと同じように目の見えない子どもたちにも『ぐりとぐら』を当たり前のように楽しんでほしいという願いがあったとのこと。

問題は製本の際のプレスで点字が潰れてしまうことだった。製本会社のアイデアで、製本の際のプレスを全面にかけるのではなく、ページの外周のみに必要最小限の力でプレスすることになり、初版5000部発行。

プレスの課題はクリアしましたが、そこにこぎ着けるまでにも幾多にも困難があったそうです。
つまり、目の見える子どもたちにとってはポピュラーで一度は読んでもらったことのある『ぐりとぐら』ですが、樹脂による隆起(エンボス加工)で表現しようとすると、さまざまな苦労があることがわかります。

私たちは赤と青の色で、のねずみのどっちがぐりで、どっちがぐらか、判別できます。でも手で触って区別するためには色ではなくエンボス加工の模様を変えなければいけないのです。

また、実際の絵では重なっている部分、たとえばかごを持っているシーンは、のねずみの体にかぶさって描かれているが、それでは手で読む場合判別できないため、それぞれを離してエンボス加工で描かなくてはなりません。

また、指先で細かい部分が判別できるように、実際の絵よりも大きく描かれるなど、随所に工夫がなされています。

この点字つき『ぐりとぐら』を手にした盲学校の先生から、子どもが「読んで」と持ってくると喜びの声が届いたそうです。

点字つきぞうくんのさんぽそこで、もっと単純なストーリーでと『ぞうくんのさんぽ』が点字つきで出版されました。次々にぞうくんの上に乗っていくかばやわに、かめ。触ってわかるように、それぞれを少しずつ離して樹脂エンボス加工の絵をのせ、特にぞうくんにはたっぷりの樹脂を使ったそうです。

『てんじつきさわるえほん ぞうくんのさんぽ』なかのひろたか/作 なかのまさたか/レタリング 2016/3 福音館書店






講演会では、樹脂で隆起した部分が、ほんのちょっとのことで欠けたり、割れたりして出荷できない絵本が見本として、ひとりひとりの座席に置かれていて実際に触りながらお話を聞くことができました。
(見た目には全然大丈夫でも、手で読む人たちには違和感になるからと、ほんの少しの樹脂が割れたりしただけでも出荷できないとのこと。)


****童心社・西尾さんのお話****

いないいないばあ2020年に、童心社のロングセラー絵本『いないいないばあ』(松谷みよ子/作 瀬川康男/絵 1967)が700万部を突破したことを記念して、点字つき絵本にすることになったそうです。

まずは触図(さわってわかるように樹脂エンボス加工で描く図)の制作から着手、たとえば表紙のくまのぬいぐるみ。全身、顔まで毛でおおわれているのですが、それだと手でさわって目・鼻・口が判別しにくくなるとのこと。

そこで顔の部分は塗りつぶさずに目・鼻・口だけを描く。

それからオリジナルではお腹が白くなっているのですが、お腹の部分を樹脂で塗りつぶさずにいると「お腹の部分が空洞」と思ってしまうとのことで、この部分はドット数を変えることで色の差を表現したとのこと。


また、キャラクターが重なってしまうとわかりにくいので、そこは離して樹脂エンボス加工で描くのはもちろんですが、最後のところで子どもが「いないいないばあ」をするシーン。

オリジナルでは、「のんちゃん」と呼ばれる子どもが座っているところでは、足が丸く描かれているのですが、このままだと足だとは判別できないとのことで、著作権者との話し合いの末、樹脂エンボス加工で描く絵は、立っている姿に変更したそうです。

また、点字では「点訳者挿入譜」を追加しているそうです。内容は「りょうてで かおをかくしている しろいおなかの ちゃいろいくま」

「のんちゃん」はオリジナルでも「青い服」で性別を限定していない描き方。点字つき絵本にする過程で、改めて絵本の奥深さに気づいたそうです。


また『いないいないばあ』のオリジナルは縦書き絵本で、点字つきもそのまま右綴じ絵本となっているのですが、点字には縦書きはないため左綴じが主流、したがって開く方向が違うために、表紙には点字で「こちらからよんでください」と書き、裏表紙には「うらびょうし」と書いてあるそうです。原作を生かして右綴じで制作したのは、目の見えない子どもたちに「世の中には縦書きの本もある」ということを知る機会にもなると考えたとのこと。


童心社のサイトには「『てんじつきさわるえほん  いないいないばあ』ができました!」と題して、その過程について3階について書かれています。→こちら


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見える子も見えない子も一緒に楽しめるのがこの「てんじつきさわる絵本」

目に見えない人のためにはオーディオブックもあるけれど、文字はなくならないし、表現としての点字の重要性も感じるとのこと。

バリアフリー絵本というと、1)障がいを理解するための絵本、2)当事者によって書かれた本、3)特別な配慮が必要な子どものための本と定義されるが、「てんじつきさわる絵本」は障がいの有無にかかわらず、年齢も関係なく楽しめるというところがとても良いとも仰っていました。


「てんじつきさわる絵本」は、手作業の工程があり、普通の本に比べると時間もかかる上にコストは高いのです。それでも印刷所も製本所もほとんど利益が出てない、ギリギリなんだそうです。

読書バリアフリー法も出来たので、その利益が出ない部分に国が補助するなどして、印刷所や製本所の支援をしてほしいなと思いました。


もっと多くの人に知ってもらってたくさん出れば、少しはコストも下げられるとのこと。まずはこうした絵本を知ってほしいと仰っていました。


304320331_5480988928649999_4810163740723243748_n左の画像は講演会で配布された資料などと、この日買い求めた『さわるえ&てんじつき  かぞえるえほん』(村山純子/著・デザイン 小学館 2020)





まずは知ることから!展示会は9月27日(火)まで開催中です。ぜひ足を運んでみてください!

ちひろ美術館(東京)45周年!ちひろ美術館LOVE

9月10日(土)

この日は朝いちでドラッカーに学ぶグループコーチングに参加。1週間に一度の早朝の振り返りと、ドラッカーの言葉に学ぶ時間は、すごく実りが多い。7月から始まったこの会も、今月で1クールが終わります。


10時からはオンラインわらべうた講座「おひざのうえでわらべうた」を友人たちと一緒に開催。この会、2020年6月から始めてすでに29回を数えます。

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4カ月の赤ちゃんから1歳4カ月まで5人の赤ちゃんと保護者の方に参加していただきました


午後は、自転車で10分強のところにあるちひろ美術館・東京へ。

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この日はちひろ美術館オープン記念の日。なんと45年めのオープン記念日でした!

この日、入館した人には記念オリジナルポストカードが配布されると、ちひろ美術館のFacebookで知って出かけたのですが・・・

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午後、すぐに出かければいいのに、いろいろ事務作業をしていたら出るのが遅くなり、到着したのは15時20分ごろ。


余裕〜と思っていたのですが!そっか、コロナ禍で閉館時間が17時から16時に変更されて、そのままだった〜ということを失念していました。(下の写真は、この日いただいたポストカード。ちひろさんの初期の絵本1956年発行の福音館書店「こどものとも」からの1シーン)

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うわ!40分しかない。


一度、6月30日にこちらの展示を見てはいるのです。(→こちら)その時は、次に教文館ナルニア国での斎藤惇夫さんの講演会へ行くことにしていて駆け足で見ていたので・・・


『江戸からいまへ―日本の絵本展』のほうを重点的にじっくり見直してきました。


さて、このちひろ美術館の45年の歴史の中で、私がここに通うようになったのは、1992年からなのでちょうど30年です。


その前年の1991年11月に香港から日本へ帰国し、第3子の出産で私と子どもたちは大阪に翌1992年2月まで滞在、夫は先に東京で生活を始めたのですが、会社からあてがわれた社宅がちひろ美術館へ自転車で10分の距離のところだったのです。(当時の社宅は今の住まいと同じ私鉄沿線駅ですが、今の家は駅の南側で、駅の北側にありました)


実は、絵本論を学んでいた大学生のころ、大学の寮で先輩から聞いていたのが「ちひろ美術館」のこと。その先輩は同じ幼児教育学科の2年上の方で、夏休みに東京に遊びに行った時に「ちひろ美術館」に行ってきたことを教えてくれたのでした。


1978年のことです。ということは44年前!その先輩はオープンした翌年に訪れていたんですね。


その時から、「ちひろ美術館」は憧れの場所。いつか訪れたい場所として常に思い焦がれていました。
そのころ女子大生が流行りをチェックする月刊誌「non・no」でも、何度か取り上げられていて、その記事を切り抜いて持っていたりもしました。

でも、なかなか訪れる機会がなく・・・大学院時代に学会参加などで上京しても、こちらへ足を伸ばすチャンスがないままだったのです。


夫の会社から社宅の場所を告げられた時、その住所を見て「あっ!ちひろ美術館に近いはず」と思い、香港で東京の地図を見ながら確かめました。「ちひろ美術館」と同じ駅かと思ったらそれは勘違いで、でも駅でいえば二駅。直線距離だともっと近いということがわかり、どれだけ嬉しかったか


第3子を出産して、生後2カ月半で東京へ引っ越してきて、荷物を片付けるのもそこそこに、夫にまずリクエストしたのが「ちひろ美術館へ行きたい!」でした。


4歳と2歳の上の子と、まだ首の座ってない第3子と一緒に、当時は前庭にあった「子どもと仔馬」の像の前で撮ってもらった写真が残っています。

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今は、中庭に設置されているこの「子どもと仔馬」のブロンズ像。以前は門から美術館の入口へと続くエントランス横の前にはにあったのです。


そんなことを思い出していたら、ちひろ美術館の公式サイトに建物の変遷図が出ていました!(→こちら)エントランスと前庭は1987年に増築したと書いてあって、その当時の雰囲気が残る写真が添えられていました。


その時に、友の会の会員になると年間パスポートとして会員証で入館できると知って、すぐに会員になりました。


それからというもの、4月に幼稚園に入った長男を園に送り届けた足で長女と次女を連れてちひろ美術館へ行って、2回のあかちゃんライブラリーでふたりを遊ばせながら絵本を読んで過ごし、3階のティールームで腹ごしらえをして、幼稚園のお迎えに行くというようなことを、月に1回はしていたのです。

当時のあかちゃんライブラリーには、木の玩具が何種類か置いてあり、また小さい子向けの絵本も置いてあったのです。ベビーベッドもあって、混んでなければ2〜3時間ゆったり過ごすことができました。

子連れだと、ゆっくり展示を見られないのですが、こうやって通っていると、ひとつのテーマ展示がだいたい3か月間くらいなので、小分けにして、今日はここの展示室、次は前回見てない向こうの展示室を・・・という感じで、行くたびに少しずつ見ていきました。


そのうち、長女も幼稚園に入ると次女だけを連れて行き、次女も幼稚園に入ると、私一人で行って過ごす。ワンオペ育児で実家からも遠く離れた東京で子育てをする中で、あの時、ちひろ美術館があったから、私はストレスを溜めることなく、あの時代を過ごせたのだと思います。

だからちひろ美術館には感謝してもしきれない
なので、今は友の会がなくなりましたが、支援会員で居続けています。

シンガポールへ転勤になっていた5年間も毎年会員更新を続けて、シンガポールへも美術館便りを送っていただいていました。


ちひろ美術館の創立45周年、ほんとうにおめでとうございます



302416060_5467543233327902_8443881095841325646_nさて、この日は中秋の名月・・・お月見の日でもありました。美術館にはテーマ展示「ちひろ・花に映るもの」にちなんで、尾崎フラワーパークがフラワーアレンジメントをしてくれているということでしたが、この日はすすきなどお月見がテーマになっていました。










305269087_5467704459978446_679904780947767112_n夜は、月を見て、『キーウの月』を読んで過ごしました。
右の写真は我が家の3階から見上げた、夜19時ごろの月。










302722992_5467877566627802_2717131805753002001_n「今、わたしたちが見ている月を、ウクライナの子どもたちも見上げています。」という帯がついている『キーウの月』ジャンニ・ロダーリ/作 ベアトリーチェ・アレマーニャ/絵 内田洋子/訳 講談社 2022/8/2

イタリアの作家ふたりが、ウクライナを想い、作った絵本。日本でもウクライナ支援のために緊急出版され、売り上げによる利益はすべてイタリア赤十字社およびセーブ・ザ・チルドレンに寄付されます。

絵本探究講座第2期(ミッキー絵本ゼミ)第1回の報告

9月11日(日) 13:00〜 @オンライン

この講座は東洋大学准教授竹内美紀さんによる大人のための絵本探究講座で、インフィニティ国際学院の大人向けのカレッジ、インフィニティアカデミアの講座のひとつでもあります。

第1期は4月〜8月にかけて5回実施されました。そちらの報告はブログ記事「ミッキー絵本探究ゼミ」(→こちら)でまとめて読むことが出来ます。


第1期では、絵本とはなにか、その定義と、技法、そして読み手について深く学んできました。

第2期では、ジャンル別に絵本を深く掘り下げていくことになりました。


1期で学んだ仲間に加えて新しい仲間も増えて、昨日13時から第1回のオンライン講座がありました。私は、14時からひとつ前の記事で報告をした「IICLO土居安子さんの講演会」に参加したため、冒頭の30分間だけ参加し、帰宅して夜録画でのオンデマンド受講をしました。

【第1回報告】

私はチーム2のFA(チームのファシリテーター)です。
チームメンバーは1期を受講した人が3人、そして2期から参加する3人の6人。最初の30分間でそれぞれ自己紹介をし合いました。


子どもや絵本に関わってきた方と、小さなお子さんがいらしてこれから絵本について学ぼうとする人と、いろんな立場の人が共にチームになって学ぶことになりました。共に学ぶことができる、この半年がとても楽しみです。私は自己紹介の時間だけで出かけてしまったので、ここからは夜に録画を見たうえでまとめていきます。


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チームブレイク1

自己紹介 新規参加者は自分の好きな絵本紹介

みぽりんさん
『みんな森へかえったかな クレソン・リバーサイド・ストーリー』石松彰子&The stone みらいパブリッシング 2021

みぽりんさんは、今軽井沢滞在中で、旧軽井沢にあるレストラン「クレソン・リバー・サイド」の絵本だそうです。文字の無い絵本で豊かな自然の中に動物たちがいろいろ出てくる絵本とのこと
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ぱたぽんさん
『まりーちゃんとひつじ』フランソワーズ/ 文・絵   与田凖一/ 訳 1956

子ども時代に出合ってまりーちゃんとひつじのぱたぽんとの会話が気に入って、自分のニックネームにしてしまうほどだそうです。ロングセラーの1冊を紹介してくださいました。手元には35刷をお持ちでした。
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カトリーヌさん
『そっといちどだけ』なりゆきわかこ/作 いりやまさとし/絵 ポプラ社 2009

盲導犬ステラが年を取って引退することになる経緯を描いた絵本。だれもがそれぞれに置かれた場所で生かされているということを感謝できる絵本だそうです。
978-4-591-10947-2










1期からの参加者は、2回目のチームブレイクで昔話絵本を紹介することになっていたので、絵本の紹介はなし。

継続参加は
TA なおちゃん  ゆかぽん  そして私の3人です。


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講義 昔話絵本


昔話絵本の定義
・昔話とは 伝統的な物語形式に沿った語りの散文
・口承により世代を超えて伝えられる
・作者不明 (印刷された本には再話した人のクレジットがつく)
・昔話の型がある カタログ(AT型)
  発句 例:むかしむかしあるところに
  伝聞 例:〜あったそうな
  結句 例:とっぴんぱらりのぷう どんとはらい

昔話研究におけるアプローチ
・構造論   課題解決
・昔話の型  AT型(アーネル・トンプソンのタイプインデックス)
      『国際昔話型カタログー分類と文献目録』小澤俊夫昔ばなし研究書
・様式論  『ヨーロッパの昔話―その形式と本質』マックス・リュティ/著 小澤俊夫/訳
       岩波書店 2017
      『昔話の語法』小澤俊夫 福音館書店 1999

昔話の特徴
1)一次元性
2)平面性
3)抽象の様式
4)孤立性と普遍性

【所感】
以前、当時勤務していた図書館受託会社の児童サービス担当者の学習会「児童部会」で「子どもの本の選書」について学んだことがあった。

その時に「昔話絵本」についてもかなり深く掘り下げて学んだ。
当時、学びの中心テキストはリリアン・H・スミスの『児童文学論』(石井桃子他/訳 岩波書店 1964)で、それに加えてマックス・リュティ『ヨーロッパの昔話―その形と本質』(小澤俊夫/訳 岩波書店 2017)のほか、河合隼雄さんの昔話に関する著作等を読んだ。

昔話の学び

「昔話絵本」を学びのテーマにしたのは、以下のようないくつかの背景があった。

1)昔話は残酷なのか
図書館のおはなし会で昔話絵本を読むと、たとえば『かちかちやま』などでは残酷ではないかと、保護者からクレームがくるというのだ。それがひとつの図書館だけでなく、複数の図書館で同じようなことが起きていた。それに対して、司書がきちんと答えることが出来なかったということを聞いて、一度「昔話の意義」を学ぶ機会を設けることにした。

2)昔話の改変はありか
もうひとつは、昔話が子どもに甘く改変された絵本が多く出版されるようになり、図書館でそれを選書すべきかどうか迷うということも寄せられていた。
「昔話の意義」「構造論」そして、「昔話絵本」にする際の留意点ついて確固たる認識がなければ、どうしても「かわいい」「やさしい」「おもしろい」という改変されたものに飛びついてしまうかもしれない。そこで時間をかけて学ぶことにしたのである。

3)口承文芸としての昔話
またもともとは口承文芸であるから、昔話のテキストを読み比べ、耳から聴くという学びを通して、昔話の持つ魅力に気づいていった。併せて『児童文学論』や『ヨーロッパの昔話』、その他の小澤俊夫さんのテキストや河合隼雄さんのテキストを読み進めていくうちに、多くの児童担当者が昔話の意味をただしく理解できるようになった。

以上のことから、図書館の児童サービスの中で「昔話」について考える時間は大変有意義であった。



*語りのテキストとして*
この2年ほど、私は37期生として東京子ども図書館でお話の講習会に通っている。ここでは主に語り手として昔話を子どもたちに届けるためのスキルを磨いているのであるが、語りやすいテキストとそうでないものがあることに気づいた。再話の質、そして海外のものであれば翻訳の質が問われることもわかった。一方で講習会の度に内外の昔話をたくさん聞いているうちに、昔話の持つ「耳から聴く読書」の意義とその心地よさを体感している。


松岡享子さんが『昔話絵本を考える』(新装版 日本エディタースクール出版部 2002)でも述べられている通り、耳から聴く昔話のテキストを絵に起こすことの功罪を明確にしておく必要があると思う。

昔話の世界にすんなり誘ってくれる絵もあれば、もしかすると絵が邪魔をする場合もあるかもしれない。

今回のチームブレイクの会話などを聞いていても、昔話で語られる内容よりも絵が印象に残っているという声がいくつか聞かれた。もちろん、子どもたちにとって絵が理解を促し、物語の世界にひき込むことは否めないが、どうしても画家がイメージする昔話の世界観を子どもがそのまま受け入れてしまうことに繋がる。

今の子どもたちになじみのないものが題材になっていることが多く、絵本になることでわかりやすくなるという意義もあるが、だからこそ昔話絵本は、より一層の細やかな配慮でもって選書しなければならないと思う。


*昔話を知らない親や子ども*
もう一点、気になることがある。子育ての場面でこれまで口承で伝えられてきたさまざまなものがぷっつり途絶えているという点である。
子どもと遊んだり、小さな子をあやしたり寝かしつけるときに歌うわらべうたが、若い保護者が子ども時代に歌ってもらわないまま育ってきているように、昔話も知らないという例が増えている。

辛うじてTVアニメの「日本むかしばなし」を見て育った世代は、なんとなくアニメから昔話を思い出すことが出来るのであるが、それが出来ない保護者も増えている。最近よく言われているのは、携帯電話auのコマーシャル「三太郎」シリーズで、桃太郎や金太郎、浦島太郎を知ったということである。


児童臨床心理学の研究者である小川捷之氏は、「人格形成における空想の意味」の中で、「心理学的に見れば、昔話は、われわれの内面を描いている。われわれが成長過程の中でどうしても直面しなければならない課題を表現している。おそらくこれまでも、人びとは、物語との、さっきいったような内的な対話を通して、心を鋤き起こし、育ててきたのでしょう。」と書いてる。
それに続いて「昔話には、古代から人類が体験してきた何かがモチーフとなって包み込まれている。ユングは、それが人間の無意識のうちでも、うんと深い層に関係しているといい、それを太古的、集団的無意識と呼んだわけですけれども、われわれは、さっきいったような形で昔話を体験することによって、この、われわれの心のうんと深い層といいますか、無意識の深い層と交流できるのです。この交流が成立すると、自信というか、活力というか、ほんとの意味の創造性を得ることができる。自分の心が、内側に開かれたという感じをもつ。」とも述べている。(『昔話と子どもの空想』東京子ども図書館刊 2021 pp21-23)


私は、ここで述べられた「集団的無意識」がそれぞれの民族の中で連綿と息づいているのではないか、あるいはそこに民族性が生まれてくるのではないかと考えている。

しかし、昔話を聞かなくなってしまえばこの「集団的無意識」は崩壊していくのではないかとも考える。グローバル化した社会では、そのほうが好都合なのかもしれない。

一方で、昔話には洋の東西を問わず、とても似たものがある。シンデレラにしろ、みるなのくらにしろ、だいくとおにろくにしろ、同じような話がある。

そうなってくると、この「集団的無意識」は民族に帰属するだけのものではなく、人類共通のものがあるともいえる。

シャルロッテ・ビューラーは「昔話と子どもの空想」の中で、「昔話を子どもの文学たらしめているものは何か?民族性だけではあるまい。伝説や民謡も民族性をもっているが、子どものものになっていない。リヒャルト・ベンツは「昔話の中では・・・不思議なことがはいってきて、初めて人間存在を支配している日常の制約や関係が打ち破られ、より高度な世界が姿をあらわす」と、述べているが、この世俗なことと不思議なこととの素朴なつながりこそが昔話の特徴であり、比類のない単純さを示している。これは、子どものものの捉え方に非常に近い。子どもは、聖と俗とを区別せず、奇跡を無邪気に受け入れる。子どもにとって、昔話世界は、おとなにとってそれが非現実的であるのを同じ位自然なのだ。」(『昔話と子どもの空想』東京子ども図書館刊 2021  pp33-34)と述べている。


こういうように読んでくると、保護者が一方的に「残酷だ」というクレームは、ほんとうに子どもの心理を理解しているとは言い難く、おとなの視点からの意見であることがわかる。そのあたりのことは河合隼雄さんの『昔話の深層』(福音館書店 1977)も併せてを読み返してみたいと思う。



*本を手渡す現場で*
子どもに本を届ける活動の中で、たとえばおはなし会のプログラムに1冊は昔話を取り入れてほしいと、私はかつての職場で児童サービス担当者に伝えてきた。そして年齢が5歳以上であればそれを絵本ではなく語ってほしいと伝えてきた。

子どもたちが、課題解決に向かって旅に出て、また戻ってくる、何度かの失敗を超えて成功する、あるいは一番力が弱いものが祝福を受けるという昔話の様式に、子どもは生きる力を得ることができるのである。かつて子どもだった私が、「ももたろう」や「かちかちやま」「うりこひめとあまんじゃく」を聞いて、困難に立ち向かう勇気を得たり、自分を脅かすものがいつかは報いを得るという信念で辛いことを乗り越えられてきたように、昔話は子どもたちの心になにかをもたらすはずだと確信する。


戦前のように囲炉裏端で祖父母から子どもが昔話を聞くということが無くなってしまった今、意識的に司書や保護者が昔話を伝えていかなければいけないのではと思う。そして、語りのスキルがないものは、どんな昔話絵本を手渡すのか、真剣に選書するという姿勢が求められていると考える。


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グループブレイク(録画視聴)

私はこの時間は欠席でしたが、録画で見せていただきました。
同じグループの1期から参加のお二人が持ち寄った昔話絵本は次の通り

ゆかぽん
『ちからたろう』今江祥智/文 田島征三/絵 ポプラ社 1967

978-4-591-00378-7












なおちゃん
『くわずにょうぼう』稲田和子/再話 赤羽末吉/画 福音館書店 1980

51v15xbdp4S._SY291_BO1,204,203,200_QL40_ML2_












ちなみに私が選んでいたのは『ももたろう』松居直/再話 赤羽末吉/画 福音館書店 1965
01-0039_01










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今回は、講義やチームブレイクに参加できずに残念でした。

昔話絵本について好き嫌いもあり、あまり触れる機会がなかったという方もいたのですが、味わい深い世界があるので、今回の学びを通して、多くの人が昔話に触れて子どもに手渡していってほしいなと思いました。

また今回『てぶくろ』『わらのうし』『かものむすめ』などのウクライナの昔話絵本についての話題が出たり、福音館書店の『ももたろう』は再話者である松居直さんが、絵本に向けて最後を書き換えていることなど、さまざまな話題が出ました。

『ももたろう』に関しては、戦時中に鬼を鬼畜米英に見立てて戦意高揚に使われたこともあったため、鬼退治のあとに宝物は受け取らずに娘だけを救出するという点が、松居直さんのこだわりであったとのこと。

昔話がどのように絵本のテキストにしていくのか、再話者の立ち位置や時代背景も含めて、これからも検討していきたいと思います。

ねりま地域文庫読書サークル連絡会主催土居安子さんの講演会へ行ってきました!

9月11日(日) 14:00〜 @練馬区立生涯学習センター ホール


大阪国際児童文学振興財団(IICLO)理事・総括専門員JBBY(日本国際児童図書評議会)の副会長でもある土居安子さんの講演会に行ってきました。

(講演会の案内記事((サブブログ児童図書館員・はじめの一歩)→こちら

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この講演会は「ねりま地域文庫読書サークル連絡会」が公益財団法人伊藤忠記念財団による助成を受けて開催されました。


「ねりま地域文庫読書サークル連絡会」は1969年設立。52年前ってことは、石井桃子さんが『子どもの図書館』を岩波書店から出版された1965年の後で、それを受けて日本国内で家庭文庫の活動が増え始めていた頃!

練馬区にはいぬいとみこさんは石井桃子さんの助手として岩波書店で岩波少年文庫の編集をされていて、ご自身も児童文学作家になられたのですが、1965年に「ムーシカ文庫」を西武池袋線富士見台駅近くで始められ、活動場所を移転されながらも晩年まで続けられました。(ロールパン文庫のサイトにその歴史が綴られていました→こちら


この文庫連絡会もいぬいとみこさんたちが設立されたとのこと。杉並区の文庫・サークル連絡会が現在45周年なのでそれよりも5年早く活動を始めていたのですね!


さて、土居さんの講演会は「子どもの本の現在(いま)」と題して、ここ2〜3年に出版された子どもの本を絵本からYA作品に至るまで86冊を次々に紹介してくださいました。

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選書のテーマは・・・
1.デジタルネイティブの子に
 1)絵本は紙? 10冊 2)SNS、AI・・・ 5冊
2.文学の面白さ
 1)絵本から読み物へ 7冊 2)物語を読みたい! 12冊 
3.誰もが本の主人公
 1)障がい 6冊 2)さまざまな家庭環境の中で 6冊 
 3)自分らしく生きる 3冊 4)多様な文化的背景の作品 5冊
4.地球上で生きるということ
 1)震災・災害 3冊 2)コロナといのち 2冊
 3)環境について考える 3冊 4)自然を感じる・知る 10冊
5.戦争とは?
 17冊


最初の22冊の紹介に熱い想いが溢れて1時間以上かかっていて、最後まで行きつくかなって思ったら、後半は怒涛のブックトーク。


全部紹介されて、さすが「われらがやすこぽん」と思いました。というのも、土居さんとはJBBY「おすすめ!世界の子どもの本」の選定委員会でご一緒させていただいていて、彼女の読書量の半端なさや、その読み解きの深さ、そして選定会の時の熱いトークを何度も聞いているからです。


一冊一冊の本への理解、そしてその本が描かれた時代背景や作家の背景までご存知なので、愛情があふれて止まらない!

たとえば『海のアトリエ』(堀川理万子/作 偕成社 2021)の描く世界への想い。
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これについて私もオンライン絵本会ブログに記事書いています!(→こちら






それからそれから私の大好きなきくちちきさんの絵本『おひさまわらった』(JULA出版局 2021)
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←今年出版された手刷りの特製版とともに・・・






1冊ずつで1時間くらい話せそうな、そんな良い作品ばかりを、とにかく86冊、次々に紹介してくださったのです。


その背景にあるのは、時代の変化の中で失われていくものを、仕方がないとあきらめるのではなく、少しでも引き止めたいという想いでした。

デジタル化の波はもう止めようがない。でも長い人類の歴史の中で連綿と受け継がれてきた口承文芸の大切さ、そして子どもたちが大自然の中で五感を通して世界を味わっていくという身体感覚、失敗や不快なこと、理不尽なことのなかにも生きる意味を見出してきた先人たちの知恵。

そうしたものが効率化やデジタル化の中で失われていくのではないかという危惧。

そういう想いが、本の紹介の随所に現れていました。

ほんとうに人間が人間らしくいるために、また地球という大きな自然環境の中でさまざまなものと共存していくために、必要な知恵がこれらの本のなかにはある。それを子どもたちに手渡していくことの尊さ、重責を感じました。

最後のまとめで土居さんが、公共図書館の役割の重要性をおっしゃいました。どんな境遇の子どもにも本にアクセスし、知りたいと思ったことを知ることができる、調べることができるというのは「民主主義の砦」、インターネット社会でだれでもが情報に簡単にアクセスできる時代だからこそ、真偽を確かめるための紙の本で読むということの大切さが伝えられ、その環境が担保されることの重要性に触れてくださいました。

土居さんがお勤めの大阪国際児童文学振興財団(IICLO)は、練馬区にお住まいだった鳥越信先生がその膨大な児童書資料を寄贈して1984年に大阪吹田の万博記念公園の中に大阪国際児童文学館として開館した研究のための図書館が前身です。


鳥越先生が、子どもの本の今を理解するには、明治以降の歴史の流れで見ていく必要があるとおっしゃって明治以降の絵本や児童雑誌、児童書などを私財を投じて購入し、それを研究する人が誰でもアクセスできるようにと大阪の地で児童文学館という形でオープンされたのでした。


しかし、大阪府政が維新の会に移った時に、当時の橋本知事がこの児童文学館の閉鎖を決め、蔵書はなんとか府立図書館に所蔵され、土居さんたちも財団職員としてそれらの資料を使って研究を続けていらっしゃいます。


こうした資料の貴重さ、そして研究を積み重ねることの重要さが、経済効率だけでは測れないのですが、蔑ろにされてきたことに憤慨しつつも、土居さんたちが地道に発信してくださっていることに心から感謝したいと思います。


土居さんのオンライン講座「2021年に出版された子どもの本から」は今年12月15日までオンデマンドで視聴が出来ます(→こちら


また毎週Youtube動画で新刊本の紹介もされています(→こちら

選書の心強い味方になります。ぜひぜひご覧になってください。


また、IICLOではメルマガ会員も募集されています(→こちら
毎月一回、20日前後に新刊紹介や児童文学作家や作品についてのエッセイなど読み応えのある記事の配信です。ぜひぜひこちらも!

さて、昨日の講演会では嬉しい再会がいっぱいありました。

まずは練馬で文庫活動をされている方々、児童文学作品を翻訳されている田中奈津子さん、そしてこひつじ文庫をされているマーガレットさん

以前、私が一緒に活動をしていたポプラ文庫の仲間たち

それからJBBYの関係者も!JBBYのもう一人の副会長広松由希子さんに、一緒に理事をしている汐崎順子さん、「おすすめ!世界の子どもの本」の選書委員でご一緒している福本友美子さんに、元副会長でスペイン語翻訳者の宇野和美さん、板橋ボローニャ絵本館のSさん、ペルシャ語翻訳家のKさんなど


それから東京子ども図書館で一緒にお話の講習会を受けているOさんやHさんの姿も!

7月に文庫見学に来てくださって会報に文庫の紹介記事を書いてくださった児童図書館問題研究会の方など嬉しい再会がありました。

素晴らしい会を企画・実施してくださったねりま地域文庫読書サークル連絡会の皆さまにも心から感謝申し上げます
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